摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)
日記文学の最高峰であると考えている。
永井荷風という いささかひねくれた文学者が 自分の日常を綴っているだけと言ってしまうと それまでだが いくら読んでいても飽きない。
書いている時代は 大正6年から昭和34年だ。日本史上 もっとも激動の時代だったと言って良い。そんな「激動」の時代の中 永井が書いているのは どこで何を食べたであるとかどこの女性とどうした ばかりである。所々には その時代の影はきちんと描かれているが それは「舞台設定」として出てくる程度で 基本的には 永井個人の「欲」が書かれているだけだ。
そんな 極めて個人的な日記を耽読した人は多い。小津安二朗、川本三郎、田中康夫、アラーキー等が その影響を認めている。
武田百合子の「富士日記」もそうだが 他人の「日記」は 時に 実に面白い。でも それは何でなのだろうか。僕は まだこの問いへの有効な答えを持っていない。
日本人の戦争―作家の日記を読む
自らを対象として時代の現実を描く。日本の近代文学にあって“作家の日記”が“1つの文学作品”として認知されているとは未だ言い難い。それは文学という世界にあって“作品と日記の境目”をどう位置づけるかが無意識の中に遠ざけられていることに起因するからかもしれない。
とはいえ、作家も同時代に生きている人間としては他の市井の民と全く同じ存在であることに異論はない。この意味で“作家の日記”は優れて時代意識の反映であると理解することも可能である。
ドイツ文学の『トーマス・マン日記』『ハインリッヒ・ケストナー日記』が“時代の中に身を置きながらも、その自らを対象化しえた”点と比較しながら、本書を読んだ。
殊に興味をひいたのは永井荷風の『断腸亭日乗』に対する著者の視線だった。永井荷風といえば『あめりか物語』や『ふらんす物語』そして『墨東綺譚』の作品が有名であり、初期には前者2作品にみられるように海外への強い憧れが前面に打ち出されているが後期には後者に象徴される下町に暮らす市井の民や男女の心情に焦点があてられている。
こうした西洋に強い憧れを抱いた彼が見ていた時代の現実に対する意識の流れを著者は2種類のテキストから探ろうとしている。
他にも伊藤整や高村光太郎の戦争及びアメリカに対する姿勢など、興味のある点は多々あった。
著者の次回作を期待するならば、その対象を“鴎外と漱石”2人に絞って“近代意識と作家達”のスタンスから『近代日本の肖像』に関しての考察を読んでみたいと思う。
60年代から70年代の開高健、80年代から90年代の辻邦生等は別な意味で“日記”を遺したが、もし今現在、作家の日記から時代の雰囲気を知ろうとするならば、個人的に読んでみたい対象は大江健三郎と三島由紀夫、そして平野啓一郎の3氏の日記である。
時代に弄ばれた苦い経験を持つ文学が自らのスタンスで“時代の雰囲気”を書き残すことも1つの創作行為である、思うのだが無理な話だろうか
四畳半襖の裏張り [DVD]
日活ロマンポルノの初期の名作のひとつではないでしょうか。
永井荷風の作と伝えられる発禁ポルノ小説『四畳半襖の下張』を下敷きにした作品。海外では《The World of Geisha》というタイトルで紹介されている神代辰巳監督の代表作でもあります。
大正時代の米騒動の頃の東京は新橋界隈の花柳界が舞台。男と女の淫らで喜劇的な色模様の底にただよう、なんとも辛辣な人間観察が印象的です。
宮下順子、絵沢萠子、芹明香など、存在感のある女優たちの演技ににじむ女の性の本音としたたかさ。江角英明、山谷初男、粟津號が身をもって演じた男の性の滑稽とむなしさ。どちらにも心にしみるものがある。
あの唐突な幕切れにも不思議な余韻がありますね。
正直にいって、ポルノグラフィとしてのエロさの度合いはあまり高くない。それに娯楽作品にしてはいささか身につまされてしんどいストーリーだとも感じたけれど、日本映画史上の不朽の名作のひとつだと私は思います。内容は完全におとな向き。
女性が見てもそんなに違和感がないのでは?
草の花―俳風三麗花
それぞれ境遇の異なる3人の若い女性たちが句会で出会い友情を育む。読後のあと味の良い小説です。句会の始まりから終わりまでの描写がとても楽しい。3人のヒロインは医師の卵壽子、若妻ちえ、芸者松太郎でそれぞれの場所で自分らしく生き抜こうとします。年代は昭和初期から終戦直後まで。舞台は東京市から満州へ。次々に登場する脇役は川島芳子、甘粕大尉、満州皇帝溥儀など一癖ある人物ばかり・・・・。壽子を支える東京女子医専同窓会ネットワークの手厚さに感動!それに、松太郎の機転で永井荷風が句会に飛び入りとは!著者の俳句に対する愛情の濃さをしっかりと受け止めました。ご近所の俳句の先生(70代女性)にお勧めしたら「面白いわあ、こんな小説があるなんて!」とお喜びでした。
Jブンガク マンガで読む 英語で味わう 日本の名作12編
マンガと英語で近代文学を覗いてみる本。
明治から昭和初期の12作品が紹介されています。各作品には18ページずつ割かれていて、その18ページが更にいくつかの小部屋に分かれているので、どこからでも読めます。まるであらかじめつまみ食いされる事を想定しているかのよう。気軽に読める本ですね。
マンガと日本語と英語で粗筋が紹介された後、『キャンベル先生のつぶやき』という部屋では原文と英訳文が示されます。日本文学の専門家であるキャンベル先生が、英訳に際して感じたことなども書かれていて、敷居の低い本書の端倪すべからざる一面が垣間見えます。
文学の紹介本としてはかなり異色の一冊かもしれませんが、読み易いです。