マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)
米原さんの幻の処女作が文庫化されました。著者の米原さんは、ロシア語に堪能で、200年前漂流した大黒屋光太夫の足跡をたどる為企画されたTBSのシベリア大紀行で、ヤクーツクを訪問し、これがこの本の元となっています。ヤクーツクは、ロシア共和国で最大のサハ(日本の8倍)の首都で、人口は、25万人です。この地は、北極よりかなり南に位置していますが、海岸線から遠く離れ、標高が高く〈海抜700〜1000m)、さらに南側にスタノボイ山脈がひかえ、北極海から吹きつける冷気が停滞しやすい地形になっています。そのためこの地は、北極より寒く、−79℃を記録した事があるくらいです。しかし、短いながら夏が訪れ、最高気温は、39℃を記録した事もあって、この地は、地球上で寒暖の差がもっと激しい場所でもあります。米原さん一行は、晴美の魚用冷凍庫で耐寒テストを3回も行なっていますが、やはりー50℃の世界は想像を絶する物でした。眉毛、睫は、吐く息で瞬時に真っ白な氷が張り付き、目も表面にも氷が張り、瞬きするにも力が要るそうです。また、−40℃以下になると居住霧が発生し、5m先も見えなくなります。そして、家屋は殆どが木造ですが、窓は3重です。殆どの家が傾いていますが、これはツンドラ地帯のせいで、家屋も50年持たないそうです。また、各種のパイプ類は、破損を防ぐ為地上にむき出しになっています。プラスティック等の石油合成品は、−45℃以下では、破損し、使い物になりません。また、ヤクート人は、黄色人種で、日本人にそっくりで、元来は、もっと南方に居住していたようです。その他、彼等の生活、食生活等興味深い事が沢山記されています。
本来は、子供の為に書かれた本なので、解りやすく、カラー写真も豊富です。なお、写真の解説は、椎名誠が書かれていて、最後に心温まる解説をされています(残念ながら米原さんは、2006年に逝去され、新作は読むことが出来ません)。
必笑小咄のテクニック (集英社新書)
小咄が好きなロシア人にもまれてきただけあって、秀逸なジョークを、そのパターンを分析しながら紹介している。
またオチの部分を「?????」にして考えさせているのも「テクニック」を磨くには良い。
例えば、P.138にあるこれ。
「ママ、あたしこの川で泳ぎたい。いいでしょう」
「ダメ!絶対に駄目よ。危険なんだから、この川は!」
「だったら、なぜパパは泳いでいるの?}
「パパには、?????」
解答はいろいろあるだろうが、個人的にはもっとブラックな同じページのペンギンネタの方が好みだった。どうぞ、本書をお読みください。
日本人はこういったジョークをいいあう習慣はないが、今度使ってみようと思うものも多く、酒場でウケたいと思われる方は是非ご一読を。
嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
米原万里氏の死は早すぎた。世界は社会主義の崩壊を見た多感な少女の目線を永遠に喪った。
「リッツァの夢見た青空」「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」「白い都のヤスミンカ」
この三色は、ロシア国旗の色では、「忠実」「勇気」「高潔」を表す(意味には諸説ある)。
祖国ギリシアに強い憧憬と望郷の念を持っていたリッツァは、ドイツで暮らしている。
故郷は遠くに在りて想うもの。帰ってみれば、相容れない習慣や価値観がある。
異国でも、自分を必要とする人や、忠実な友がいる。彼女はそれこそを故郷とする。
そして、たとえ今いる場所が曇り空でも、確かに故郷の青空と繋がっているのだ。
衛星放送のアンテナが、力強くそれを証明する。
ルーマニア人のアーニャは嘘をつき、その嘘を自ら信じ込む。矛盾や相違は見ないふり。
というより見えない。知識は彼女に新たな目線を与えるものではなく、目隠しにだけ利用される。
「国境なんて意味がない」と言いながら、「私の中のルーマニアは10%、90%はイギリス」などと、
国境に縛られまくりの発言をする。自分の恵まれた環境を自覚せず、母国の遅れを蔑む。
著者は心中の異議を口にしない。アーニャには現実を見る勇気が無いから。
嘘で塗り固めた幸せでも、アーニャは曲がりなりにも幸せなのだ。
ユーゴスラビア出身のヤスミンカは、聡明で達観した少女だった。客観性を、恥の意識を持つ稀有な少女。
著者と少数派である悩みを打ち明け合い、無二の親友になる。
社会主義から冷遇された母国は、更に国家の分断、民族や宗教という寸断に晒される。
しかし彼女は、大統領の娘という立場に対する逆差別と闘いながらも、己の信念によって高潔に生きる。
結局、国家や民族や宗教を形作るのは、個人なのだ。少なくとも根本的には、個人である筈だ。
ソビエト学校という組織の中において、多種多様な人物に邂逅した米原氏。
それらの細かなエピソードを掬い取り、この作品にまで仕上げた鋭く柔らかな感性。
あまりにも早く、その目は閉じられた。しかし彼女の作品は、永遠に人の胸を打つ。
「ロシアでは才能はみんなのもの。妬み引きずり下ろすものではない」
世界中の国々が、人々がこうであったら、人類はもっと早くより良い世界に住めるだろう。
打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
これだけ今後読みたい本が見つかってしまい。うれしい悲鳴。
筆者の目線は、ニュートラルな中にも微妙に弱者より。その按配が絶妙で、書評を読んでも嫌な感じがないし、筆者の本に対する愛情に身をゆだねることができる。
ロシアが好きな人、猫が好きな人、特に楽しむことができると思います。
もちろん、すべての本好きな人には、多くのこれから読みたい本が見つかることを保障します。
時間がある時に、この本で発見した今後読みたい本をリストにしてみたいと思っています。かなり多くの人に薦められている本ですが、その評判通りの素晴らしい本でした。
パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)
通訳奮闘記というサブ・タイトルにつられて、フランス語専攻なのについ買ってしまいました。
とにかく、すっごく面白いです。彼女の天性の機知、経験によるピンチを切り抜る技にはただただ脱帽します。読んでいるだけで凍り付いてしまうような修羅場も、ものすごい柔軟さとヴァイタリティでしのいでいる。それを飄々とシャレにしてしまっている精神力もすごい。難しい言葉も結構でてくるし、他の人が書いたらただの自慢話になってしまうようなエピソードも、彼女の抜群のユーモアと全く押し付けがましくない言葉の選び方で、本当に面白く勇気を与えてくれるものになっています。一流っていうのはこういう人のことを言うんだろうな。
興味があった同時通訳の裏話も、面白いですね。イタリア語専攻じゃなくても、他国語を学ぶ人たち、仕事にする人たちは絶対楽しく読めると思います。