命もいらず名もいらず_(上)幕末篇
この本を上下巻読み終えるまですんなり読み進めることなくじっくりと歴史事実をかみしめながら読ませていただいた。山岡鉄舟といえば日本有数の剣豪に数えられているが、その天賦の才に至るまで様々な葛藤があったことを察することができる。剣と禅を極めた鉄舟であるが、それ以外にも書道を極め、そして何よりも他人を動かす心を持つにいたったことが素晴らしく、幕末の上巻では剣豪との戦いや騒乱の度にハラハラさせられた。そして一方、下巻の明治編では明治天皇にお仕えし、明治天皇の人格を磨いていくことに一役買っている。教育者、指導者として評価はさまざまであろうが間違いなく一流ではあったであろう。
この本から読み取れることは歴史の物語ではあるが事実が大半であり、まるでノンフィクションを読んでいるかのごとくであった。
登場人物も芹沢鴨、近藤勇、西郷隆盛、勝海舟、清河八郎、大久保利通など名だたる登場人物が描かれており、彼らと鉄舟との関わりが非常に興味深い。最後の浅利又七郎を剣気で負かすさまは鉄舟の剣の極みがどれほどのものであったかを表しており、並の人間ではなかったことを思い知らされる。
読了後、久しぶりに何とも言えない余韻があった。。。
利休にたずねよ
読んでいるだけで、茶の湯の世界の美しさ、艶かしさを堪能してしまえるような
味わい深い面白さがあった。
名立たる武将の名が出てきながら荒々しい戦とは掛け離れた静かな攻防。
それがまた一味違った緊迫感を醸し出し、艶やかでうっとりしてしまう美しさの陰に緊張感を与えてくれる。今までにはあまり例のない時代文学かと思うので、是非ご一読を。
火天の城 (文春文庫)
織田信長の家来の大工二人を主人公に、安土城の築城というかなり渋い題材を描いて大物選考員たちをうならせた松本清張賞受賞作。ほぼ無名だった作家さんの作品とは思えないような気合の入った装丁がなされているので、ずっと気になってたのです!
そしてこの本、巨石運びと丸太運びのシーンが最高。
巨石は織田信長の要求で、また巨大丸太は城を支えるためにそれぞれ必要なんだけど、モノを運ぶだけでここまで壮絶なシーンが描けるのかというくらいの迫力。
巨石を運ぶシーンは運び手一人一人の執念が伝わってくるよう。ピラミッドの建築を連想した人は僕だけじゃないはず。
丸太は一本ずつ川を流して運ぶんだけど、その担当者である甚兵衛が凄くいい。忍者や宣教師といった個性的な人物たちの中で、決して目立った存在ではないんだけど、この人が主人公に託した手紙が泣かせるんだ…。「実直」とか「不器用」って言葉がぴったりの名脇役。
さし絵はないので、ところどころ城の形や木組みの形状が浮かびづらかったりもしたけど、じっくり情景を想像しながら読める方にはこれもたまらないのかも。
僕的には、さし絵とか地図とかほしかったかな?
信長死すべし
歴史上の事実を透視して、
隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。
本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。
ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが単一であれ、複数ベクトルの合力であれ、
普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、
読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝、さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。
時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら、
マザーコンピュータが奈辺にあるのか。その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり、
その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。
― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。
最終章『無明』のエンディングである。
無明のカオスの中で人間は蠢き、
その蠢きの一つひとつを糸として、壮大な人間の歴史が紡がれていく。
事件から430年が経過した今、山本兼一が創出する本能寺の変と交感し
描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら
歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。
その悦びを共有する一人として
まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。
いっしん虎徹 (文春文庫)
日本刀には、妖気というか霊気があるように、いつも感じます。
それは、美術品ももちろんですが、通常使用する無銘の真剣も含めてです。
目的が人を殺めるための道具、そして自らの手で命を絶つ道具として、
拳銃も撃ったことがありますが、比ではありません。
長曽禰興里、後に虎徹と呼ばれる刀鍛冶の一代記です。
強盗や権力争いを絡ませて、身内の問題等、ストーリーも飽きさせません。
圧倒されるのが、その専門的な技術の説明ととても緻密な描写です。
そして登場人物の仕事に対する一途さと矜持です。
日本人は、昔から「マニアック」だったと言うのがよくわかりました。
それにしても、昔の人は偉大です。
鉄の組成分析をできない時代に、体と経験で分析してしまうのです。
作者には、頭が下がります。
NHKのプロフェッショナルが好きな方に、お奨めです。