檸檬の月
最初の3曲は秀逸。
彼女のくせのある低音と伸びやかな高音を十分に生かした、
スロー、ミディアム、アップテンポの3曲がさわやかな世界を作り出します。
(さわやかといいつつ3曲目は不倫を思わせる歌詞だったりするのだけど)
ただ、後半の曲の作りはちょっとマニアックな方向に寄りすぎているかも。
若干暗めで複雑な雰囲気で、アルバム全体のまとまりを悪くしている感じ。
これが彼女の集大成ということになるのかな。
最初の3曲に☆5つ、後半☆3つでこの評価。
靖国神社―そこに祀られている人びと (ミニ授業書)
いろいろと話題沸騰の靖国神社、
まるで右左を調べるリトマス試験紙のようである、普通のリトマス試験紙であれはピンク色であるが、この事項に関してはヒダリの場合は真っ赤ッ赤に変色してしまうところがご愛嬌であろう、
靖国問題などは存在しないということも可能である、靖国神社を問題にしたくてしたくてしょうがない一部のものたちによる一種のマッチ・ポンプなのだから、
時間の流れに身を置き過去現在未来の歴史を誇り高く語りたい人はどうどうと靖国神社・護国神社・忠魂碑を参拝しましょう、
近代の歴史を自分自身の言葉で考えたい人は、「日本の軍国主義の歴史」「戦争を美化する」という二つの言葉に象徴されかつ特徴的な左翼史観の貧弱さについて再考することをお奨めする、18世紀以降の植民地主義と帝国主義、続く19世紀以降の富国強兵の歴史に連続するものとして現在の我々が享受する平和と繁栄があることが理解できよう、理解できないとすれば左翼史観に骨の髄まで浸りきっていることになる、いったい何人が実際に参拝し、また靖国神社がどこに所在しどのような場所なのか知っているのだろうか?と不思議に思う、評者自身はおりに触れて参拝しており、境内の隅々まで良く知っているつもりであるが、
評者は参拝する場合は通常は平日の昼下がりにうかがうようにしている、観光バスで訪れる団体が帰った後の静かな佇まいを好むからである、それでも閉門まで参拝者は間断なく次々に粛々と訪れているのが日常である、「靖国問題」などと声高に騒ぎ立てるような邪悪な心を持たない参拝者たちの姿を見るにつけ我が国の平和は保証されていると心安らぐのである、
ラジオは脳にきく[プレミア健康選書]―頭脳を鍛える生活習慣術
ラジオを聴くことで、脳か鍛えられるのは嬉しい。
そのことを知りたくて、すぐに、読みました。
パーソナリティーに魅了されて、番組にメールして参加すると、文章力も磨かれ、考える能力もアップする。
ラジオを聴きながら想像力が育まれ、「前頭前野を鍛えるのに最適なメディア」とは、凄いよ。
テレビっ子だった僕は、おそらく、1万時間以上、テレビを見てきたと思う。
今、ほとんど、パソコンの前に座って、タイプしながらラジオを聴いている時間が長くなった。
ラジオのイメージも大切だね。
ドリー・パートンの「ストレート・トーク こちらハートのラジオ局」(1992年)と、ジャニーン・ガラファロの「好きと言えなくて」(1996年)の映画を観ると、生活の中にラジオが生き生きとしているのが伝わってくる。
トム・ハンクスとメグ・ライアンの『めぐり逢えたら』(1993年)も、ラジオの人生相談が二人の出会いに重要な存在になっている。
日常生活に、ラジオ。
1995年以来、僕は、このライフスタイルが気に入っています。
脳神経外科教授・板倉徹さんの『ラジオは脳にきく』を、そばに置いておくと、ラジオの聴き方も、積極的になると思います。