アイルトン・セナ~音速の彼方へ [DVD]
日本のF1絶頂時代の立役者アイルトンセナのレース人生を記録した映画です。
アランプロストとの確執や、サンマリノGPの衝撃も収められており、F1にわかファンだった私を本当のファンにしたのはやはりアイルトンの存在だったと改めて実感させられる映像がてんこ盛りです。
見て損の無い1枚です。
セナvsプロスト―史上最速の”悪魔”は誰を愛したのか!? (SAN-EI MOOK)
ホンダが第2期F1参戦を行い、中島悟氏が、日本人初のF1レギュラードライバーになった87年。
そこから、日本ではバブル景気とともにF1ブームが湧きおこった。
居酒屋の席でF1ドライバーの名前が飛び交い、若い女性までが「セナ様」なんていう、とんでもない時代だった。
このF1ブーム時代に中心にいたのは(とりわけ日本では)セナだった。
私は最初このブラジル人の新人ドライバーに特に関心を持たなかった。
しかし、89年に向けて、最強のホンダエンジン、常勝マクラーレン、2年連続チャンピオンのプロスト、若くてめっぽう速いセナがタッグを組むと言うニュースに心を奪われた。
そして、いつの間にか気が付けばTV観戦中の自分の視線の多くが、セナに向けられている事に気が付いた。
引退後、中島悟氏が「あいつは日本人の琴線に触れるようなところがあった」と語っているが、まさにそうだったと改めて思う。
そして、当時の日本では正義のセナ、悪役プロストといった勧善懲悪的な見方をされていたように感じる。
ただ、ファンであった私でさえ、セナは「尋常では無い」と思っていた。
ドライビングは、もちろんだが、勝つためには手段を選ばない、人と対立したり、非難されるような事を受け入れる彼の言動は明らかに常軌を逸していたと思う。
だからこそ、人々は彼に惹かれ、魅力を感じていたのだろう。
本著は、2008年にプロストの自宅で長時間行われた、プロストへのインタビューを軸に、数多くの関係者の発言とともに構成されている。
セナと長い間対立していたプロストへ、既に他界したセナのことを語らせるのは、一見アンフェアに思うかもしれない。
私も、そう感じた。
一方で他界し、伝説となり賞賛し続けられるセナに対して、プロスト置かれている立場は彼の惜しみないF1というスポーツへの献身、努力、そして積み上げた戦績に対して十分でないような気もしていた。
しかし、著者もプロスト自身も極めて、冷静だった。
極力、アンフェアにならないよう細心の注意を払っている事が良く分かる。
また、プロストがセナに対して「普通でない」、「チームメイトとしてうまくやれる相手ではない」と考えるプロセスをセナがF1に登場する前のエピソードから語られている。
特に新しい目新しいエピソードやトピックは無い。
しかし、あの時代にF1を観ていた全ての人に読んで欲しいと思う作品だった。
最後のデイモン・ヒルの一言こそが、あの事故の全てを物語っているのかもしれない。
また、このインタビューに応じたプロストにも(自分の視点からの考え方を活字に残したいと言う欲求があったにしても)尊敬の念を感じ得ない。
ただ本書のタイトル、とりわけサブタイトルだけは、この作品の本質とは、少しズレが生じているように思う。
レ-シングオン452 アラン・プロスト―Motorsport magazine (NEWS mook)
アイルトン・セナの国、ここ日本でこのようなアラン・プロストの特集本が今リリースされたのはちょっと意外で驚きです。カーナンバー1の美しいフェラーリ641の表紙をめくると、そこからは編集者の長年のプロストに関する強い思いが日本のF1ファンへ向けられています。F1とプロストに熱くなったあの頃が蘇ってきます。ちょっとプロスト寄り過ぎているところもありますが、少数派の日本のプロストファンにはもちろん、大多数のセナファンにも読んでもらいたい希少な特集本です。
F1 LEGENDS F1 グランプリ 1990〈3枚組〉 [DVD]
このころのF1はやはり面白いですね。給油がないのでわかりやすいですし、まさにドライバーの腕でマシンを制御しているところを実感できます(特にマンセル等)。
内容自体は、昔レーザーディスクで発売されていたものの再編集です。
ですので、テレビ放映時の実況や解説が、入っているわけではありません。
古館アナ、馬場アナ、大川アナの実況は聞けませんので、ご注意を。
なにはともあれ、セナ、プロストの激戦を見ることが出来るいいソフトです。
アイルトン・セナ~音速の彼方へ [DVD]
F1を見始めた中学生の頃、私にとってセナは、その速さより、時折見せる悲しそうな、哀愁に魅力を感じていた。その当時は、彼がなぜあんなに表情をするのか、理由は分からなかったが、このDVDを観て、その理由が分かった。純粋にレースをしたかった彼にとっては、最高峰のF1という舞台はそれに一番ふさわしくない舞台だったのかもしれない。カート時代の本当にレースを楽しんでいたときのセナをもっと見たいと思った。