ゾルゲ 引裂かれたスパイ〈上〉 (新潮文庫)
重光葵の『昭和の動乱』を読んで、改めてゾルゲの仕事の大きさを知り、最新のルポルタージュと言うことでこの著作を手にしてみた。
たいへんこなれた訳で、原書が英国人の筆になることをつい忘れてしまい、日本人作家の書いた小説かと錯覚したほどである。訳者もゾルゲ研究家ということで、なるほど当を得た起用である。
ゾルゲであるが、戦中とそれに続く冷戦下では恐怖の共産スパイであったはずが、本書ではその弱みも含めて小説風に人間味豊かに描かれていて、同情的でさえある。重光の著作では日本が北進策を捨ててあえてアメリカと正面衝突するような南進に転換したのを、まるでゾルゲと尾崎秀実の陰謀のように著していたが、本書によれば日本政府は最初から北進は少数意見で、モスクワの陥落があれば北進し、あえて不毛のシベリアに火中の栗を拾おうとはしない「熟柿作戦」が採られていたことがわかる。戦略としてもこちらのほうがはるかに合理的だ。
この一事をもってしても、重光の著作の信憑性がぐらつく。しかもゾルゲの功績は、ドイツのソ連侵攻と、日本軍の南進方針決定をソ連に通知した点にある。重光が指摘するような対日陰謀は、さしあたり見あたらないし、ゾルゲ・尾崎の立場からは不可能だろう。
スターリンの当初の大失策にもかかわらず、日本軍侵攻のおそれがなくなったソ連はシベリア極東軍を西に大移動することができて、対独戦に勝利を得ることができたわけで、ソ連にとってその功績はきわめて大きいと言えるだろう。
このようなゾルゲと尾崎秀実の活動をもって、日中戦争と南進をコミンテルンの陰謀とする見方があるが、こんな女たらしの酔っぱらいや、その素人手下たちに、それほど壮大でりっぱな陰謀が立案実行できるものでもないだろう。空想としてはおもしろいが、結果論にすぎないと思える。夜郎自大な日本軍の性格形成はコミンテルンの陰謀によるというのと、同じ程度の説得力だ。
ウェルカム トゥ パールハーバー(上) (角川文庫)
あらゆる陰謀が錯綜しあの開戦へといたった。その陰謀の衝撃をあなたに、昨今つぶれたリーマンの前身クーン・レーブ商会の交渉操作、民間人を秘密裏に迎え入れるためのホプキンス研究所。真珠湾の前にはこのようなしかれたレールがあった。
人生、お楽しみはこれからだ (ベスト新書)
大学時代、探検部員だったという氏のおおらかな、しかしとほうもない優しさの品性のまま、その生き方が読み手に話しかけてくる。わたしは耳をかたむける。その語り口に。これからの世に目をそむけることなく向かうには「人生、お楽しみはこれからだ」と、やはりこの心の余裕でしょう。
極楽谷に死す (講談社文庫)
安保闘争やベトナム反戦で騒然としていた1960年代から70年代にかけて青春を過ごした者のひとりとして、いろいろなことを懐かしく思い出しながら読みました。あの時代、反権力を旗印に戦った者たちの中には、その後人生の勝者となり、政治家や大企業の経営者になっている人もいると聞きます。だげど、ここに描かれているのは、なまじ真摯に生きたが故に人を傷つけ、あるいは謀略に加担して友を裏切って、日本にいられなくなった者たちの虚しい思いです。自分の人生に重ねてしまい、思わずほろりとなりました。
ウェルカム トゥ パールハーバー(下) (角川文庫)
日米開戦の裏話はかなり明らかにされているので、大筋では目新しさはないかもしれない。しかし西木作品に共通する人に対する愛情や人生の哀感が、あちらこちらに出てきて思わずのめりこんでしまう。そして、江崎大尉や天城大佐、はたまたリューバなる人物が実在したのか、それともモデルがあるのか想像をかきたてられる。上下巻合わせて1100ページを超える大作にも拘わらずすらすら読めてしますのは筆者の筆力。今年68歳になる人とは思えないエネルギーを感じる。ドキュメンタリーが好きでそこに人間に対する愛や悲しみを感じたい方には是非お勧めします。