芭蕉俳句集 (岩波文庫)
古典俳句を語る時、芭蕉と蕪村を抜きにして語れない。「芭蕉は情緒的・求道的、蕪村は軽妙な離俗に特徴がある」と言い切る自信はないが、解説書の類からそうしたイメージを持つに至った。芭蕉俳句集は、一気に速読してもよいし、時間をかけて熟読するのもよい。また、人生時々読み直してみるのも、味が出るように思う。芭蕉は情緒を直接的に表現すことに拘りがないようだ。一方、芭蕉には芭蕉の人生観や世界観があり、それを核にして俳句を展開するために、求道者的な臭いが強くなることがある。前者と後者の例を私なりに引いてみよう。
元日やおもへばさびし秋の暮
山路来て何やらゆかしすみれ草
旧里や臍の緒に泣くとしの暮
さびしさや華のあたりのあすならふ
おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉
身にしみて大根からし秋の風
おもしろやことしのはるも旅の空
行はるや鳥啼うをの目は泪
塚も動け我泣聲は秋の風
命なりわずかの笠の下涼み
旅人と我名よばれん初しぐれ
草の戸も住替る代ぞひなの家
夏草や兵共がゆめの跡
月さびよ明智が妻の咄しせむ
頓て死ぬけしきは見えず蝉の聲
塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店
この道や行人なしに秋の暮
此秋は何で年よる雲に鳥
旅に病で夢は枯野をかけ廻る
恋しぐれ
本書の宣伝文句から、与謝蕪村の老いらくの恋を描いた長編小説かと思いましたが、少し違っていました。
蕪村が50歳年下の芸妓・いとに抱く恋心についても描かれているのですが、蕪村の娘・くのの恋心、蕪村の弟子・月渓(後の松村呉春)の恋心、蕪村の友人・円山応挙の恋心等、蕪村と蕪村に関わる人々の多彩な恋心が、作者独特の静謐な文章で描かれています。7編の短編からなりますが、蕪村の恋の話で始まり、他の人の恋の話になり、最後にまた蕪村の恋の話で終わるという構成で、最後の最後に蕪村が心の奥底に大切に秘めていた気持ちがチラと伺えるという、心憎いまでの構成が素晴らしい。
本書のもうひとつの魅力は、円山応挙、上田秋成、松村呉春等、江戸中期の芸術家の素顔が人間くさく描かれているところ。遠い世界の芸術家たちがとても身近に感じられます。
淡々とした清雅な文章は素晴らしく(私はこの文体が大好きです)、どの恋物語も味があるのですが、女性の立場から読むと、人間の奥底に潜む煩悩や微妙な女心の表現にちょっと物足りなさを感じてしまったのが残念。なので星4つにしました。