絆―冬は必ず春となる
昨年、沢村賞などを受賞しタイトル総ナメ、WBCでは陰のMVPと言われるほど大活躍した楽天の岩隈久志投手。
絶妙なタイミングで自伝発売。
WBCで失敗してたらお蔵入りだったのかな。
岩隈投手はスランプを乗り越え、復活され、本当に素晴らしい選手だと思います。
でも、出版社が創価だから、岩隈投手が創価の金儲けに使われ始めた気がして…。久本雅美から岩隈投手に創価の広告塔が代わると噂されているだけに心配です。
これからも岩隈投手には期待しています。
投球革命 テッペン、取ります! (ベースボール・マガジン社新書)
今や日本を代表する投手となった楽天の岩隈久志投手。
東京の堀越高校から近鉄に2000年ドラフト5位指名され入団する。
同期に広島1位の河内貴哉投手と都内では並び称されていたが、向こうは同じ甲子園出場なしでも
「江夏以来」の3球団競合ということで注目も実力も天と地の差があった。
しかし入団3年目・4年目に連続して15勝を挙げてエース格にのし上がる。
そこに近鉄の身売り問題から球団消滅の危機に立たされる。
統合されたオリックス・バファローズではエースとして期待されるが、本人は愛着が持てず新球団の楽天でプレイすることになった。だが、楽天は選手のレベルが低くとても戦えるような有様ではなかった。
9勝15敗。これがエースとして期待された1年目の成績である。怪我で調子が上がらず、そんな中での無理を押しての投球ではどうにもならなかった。翌年に監督が野村監督に交代してからも状態は良くないまま。
そんな長いトンネルから抜け出したのは2008年。前年に手術を受けて肘が復活した。
これにより21勝4敗という驚異的な成績を残す。投手タイトルも最多勝・最優秀防御率・最高勝率の三冠王。
沢村賞・ベストナイン・MVPも獲得して完全復活を遂げた。
とにかく入団以来ジェットコースターのように成績が浮き沈みする岩隈投手。
いいときと悪い時の落差があまりにも激しいのです。
それがファンをやきもきさせる原因なのですが・・・大リーグ移籍がようやく叶いました。
憧れのメジャーのマウンドでぜひ躍動して欲しいものです。