林芙美子紀行集 下駄で歩いた巴里 (岩波文庫)
林芙美子は、1951年(昭和26年)に死亡したということであるから決して古い時代の女流作家ではない。ほんの少し前の女性であるが、やることなすこと、書くこと話すこと当時の時代の最先端を行っていたのではないか。年齢的には20代後半から30台前半、時代的には盧溝橋事件が起こる直前の昭和初期のこの危うい時代に満州〜シベリア〜ヨーロッパへと、基本的に一人で旅をしたというのだからなかなか凄い活発な女性である。
思ったこと、感じたことをストレートに飾ることなく書いているので、読み手にとってはとてもすがすがしく感じられる。
五輪ピックが北京で開幕するという2008年のこの時期に、本書のうち彼女が歩いた中国関連の3箇所、すなわち北京、白河(ハクガ)、ハルビンの章をもう一度読み返してみる。
この時代の支那は日本を含む列強の租界地になって分割統治されており、民衆は極端に貧しい。彼女は余りそういうことには感情的にならず、とても冷めた文章で迫ってくるが、日本人がこのように元気に海外を旅行ができるのもあと少しなのである。日中戦争と太平洋戦争はもうすぐである。
浮雲 (新潮文庫)
戦後の退廃した時代を舞台に、安南で出会い、すごした美しい思い出が忘れられず、
盛りを過ぎた愛にしがみつく女と、別れたいのに女を突き放しきれない男の腐れ縁の物語。
物語の最初のほうで語られる安南での夢のような日々。一方内地に引き上げてからの
住む場所にも事欠くような鬱々とした日々。その対比が二人の色あせた関係のわびしさを
いっそう際立たせている。物語はゆき子と富岡の視点から交互に語られるが、
他の男に生きるために頼るものの、富岡だけを一途に想うゆき子と、次々と他の女に
目移りしつつ、わずらわしくなってきたゆき子を捨てきれない富岡に、男女の典型的な
恋愛間の違いを見せ付けられる気がする。
成瀬巳喜男 THE MASTERWORKS 1 [DVD]
日本映画史上、最高の恋愛映画であり、世界に誇れる偉大な映画である。
海外の映画祭に出品していたら、カンヌグランプリ、ベネチア金獅子賞、ベルリン金熊賞のいずれかを間違いなく受賞していただろう。
この映画は小津安二郎の「東京物語」よりはるかに偉大な作品なのだ。
ナニカアル
前作「IN」は島尾敏雄を未読なせいなのか、どんなに本人に重大事でも他人から見ると「不倫」の一言ですんでしまう、どこかシラケてしまう処があった。
同じく不倫が語られていても、さらに主人公に全く共感できなくても「柔らかな頬」の物語に魅了された一読者としては 桐野夏生が力強さをなくしたように思えて残念だった。
その点、林芙美子は読んだことのない人でも(森光子のおかげで)少しは知識があるだろう。
かく言う私も昔「放浪記」を斜め読みしただけで、よく覚えていない。
作者は林芙美子になりきって文体模写しているらしいのだが、林芙美子ファンにはその辺もたまらない魅力だろう。
しかし私のように林芙美子に知識がなくても、林芙美子の「野性」とでもいうべき魅力はよ〜く伝わる。
ここでの林芙美子はすっかり作家として成功し、温厚な理解者の夫と最愛の母と大きな屋敷に住んでいる。
しかし年下の記者と不倫関係にあり、戦地へ向かう船の中で行きずりの男と関係を持ち、40にして不倫の子を産む決断も深刻な様相を見せない。
さらに同時代の作家たちとの関係も面白い。被害妄想的な敵意を抱いたり、女流作家同士の複雑な感情、反対に心からの共感を持って詫びたり、どうも知的で平和な関係を築くのは苦手のようである。変な言い方をすると”育ちの悪い”魅力全開な人なのである。
林芙美子本人の著作を読みたくなる作品である。