テオ・アンゲロプロス全集 DVD-BOX II (ユリシーズの瞳/こうのとり、たちずさんで/シテール島の船出)
ユリシーズの瞳。それは幻のフィルムを求めての旅。そしてフィルムは希求としての始まりの世界、つまりはこの世界の再誕を錯覚させる虚構としての20世紀の開始であるのかもしれない。かつて故郷を逃れたひとりの旅人は長いときを隔てて帰還する。変り果てた土地。開始される遡行と探索。凍てつくバルカン半島は悲痛である。ひとも建物も河もすべてが閉ざされている。あらゆる外界が静かな拒絶をもって、あるいは無視を装うかのように他者の眼差しでそこに佇む。歴史の夢が、記憶が、そして祈りがゆるやかに交錯する。民族、宗教、イデオロギー。ひとは多くの衣を纏っては次々と脱ぎ捨てていく。希望はいまだ宙吊りのまま冬景色のなかで凍結している。そのフィルムに果たして写っていたのは、原初の光であるのか、わたしたちは未だその答えを見出せないまま映画を観終わらねばならないのである。
テオ・アンゲロプロス全集 DVD-BOX I (旅芸人の記録/狩人/1936年の日々)
旅芸人の記録の映像の美しさは、息詰まらんばかりの長回しである。撮影現場は大変な緊張感があったろう。それだけに時代背景を抉り出している。フィルムではリバイバルのたびに見たので、3回くらい観ているが、手許におけるのは実に嬉しい。他の作品がリリースされるのも楽しみだ。霧の中の風景、などなど。
スティル・ライフ (中公文庫)
芥川賞を受賞した時の選評に、玄人うけすると書かれていたのを
覚えています。
その後、TVで惹きつけられたドラマがありました。この作品でした。
で、すぐ読みました…。
そうでしたか、“理系の村上春樹”ですか。思いついた方も
スゴイですね。
導入部でグ〜っと引き込まれました。
文学に理系を取り入れながら、しかし、感性溢れる詩的世界です。
不思議で独特な世界です。
主人公は、世の中からひっそりと身を隠すように生きて
います。が、孤独感は感じられない…。
それは、DNA深くに刻み込まれた、はるか遠い原初の風景や
自然と主人公が繋がっているからです。
受賞当時は、日本がバブルに浮かれ、酔い痴れていた
時期です。著者は、そんな社会に“間違った方向
へ進んでいるよ、おかしいよ!”と警鐘を鳴らして
いたのかもしれません。
氏の著書は好きで、だいたい読んでいますが、どれも
透明感があり、精神性が高いと感じます。
そして、どの本も、トリップ感があり、読後“いったい
私はどこにいるの?”と、ちょっとボンヤリします。
心が乾いたときに読みたくなる本で、ずっと手元に置いてある大好きな
一冊です。おまけですが、理系に興味を覚えるきっかけとなった本でも
あります。
マシアス・ギリの失脚 (新潮文庫)
池澤夏樹さんの小説はけっこう好きです。この本は彼の代表作となるものだと思います。おそらく誰もがマルケスの「百年の孤独」を思い起こすと思います。「百年の孤独」を現代小説としてつくりなおした作品、と受け取れるかもしれません。
なにせ、主人公は大統領です。経済・政治の問題がいやおうもなく関わってきますが、それと同時に土着のファンタジーが領域を消してはいりこんでいます。マジック・リアリスムとして上出来です。かつては戦争であったものが、経済や政治の問題になっていると、感慨深いものがあります。
私が感心したものは物語に関しての考察です。物語というのは決して真実ではありません。そこには語り手と聞き手の存在があり、伝承という要素もあります。島の老人が子供たちに聞かせる昔話は現代の島の第七位の巫女を取り巻く環境そのままです。物語はすべて多角的な面を備えていて、だから無限の可能性を持っています。マルケスらが継承してきた物語性を現代日本でもっともよく発揮した作品といえるでしょう。
日本合唱曲全集「祝福」木下牧子作品集
木下合唱には定評のある大阪H.S.合唱団のアルバムである。
冒頭の「祝福」の完成度の高さ、透明なハーモニーは、既出のどのCDでもなしえなかった偉業である。この1曲のためにこのディスクを買う価値は十二分にあります。
しかし、この曲はご存知のとおり「ティオの夜の旅」のオープニングをかざる曲である。
このクオリティで最後までぶっちぎる「ティオ」のディスクは残念ながらこの世には存在しない。
大阪H.S.合唱団は、「方舟」で鈴木成夫/東京外語大コール・ソレイユとは一線を画する「大人の演奏」を残している。そんなわけでやはり「ティオ」の全曲録音を期待せざるを得ません。
そうそう、他の曲もいいですけどね。「めばえ」とか、ゾクゾクもんですよ・・・・。